生駒の石仏(旧館)

http://ikomasekibutsu.blogspot.jpへ引っ越しいたしました。

*

ミヤマグチの地蔵(明心道の石仏・平群町)

   

奈良・法隆寺の高僧と称えられる道詮律師が引退後の住まいと伝わる富貴寺。(現、白山神社/平群町)往時の様子をわずかに伝える高ノ坊跡地から、明心への旧道を辿ります。

地図に記載のない旧道
旧道
https://goo.gl/maps/yFNey

資料文献を片手に旧道に飛び込む

獣害除けのフェンスを開閉して進むと、道はよく踏み込まれていて古道の雰囲気を楽しめました。(ヤブ漕ぎなど、難渋することはなかったです。)

古道の雰囲気漂う明心への道
明心道

明心は北の千光寺や宝山寺と南の信貴山奥ノ院とを結ぶ旧街道の中間地点に位置し、十三峠や矢田峠とも交差する要衝の地。往時はたくさんの人たちが利用していた道なのでしょう。

山手側の草むらに隠れるように地蔵磨崖仏がひっそりと佇む
地蔵磨崖仏

資料で見るよりも、ずいぶんと草や土砂に埋もれている様子です。資料の写真では法衣の裾から足元まで写っているのですが、ほぼ手から下は埋まっていて見ることができません。

磨崖船型地蔵立像(仏身66cm)
ミヤマグチ

幅2m程度の自然石に刻された地蔵磨崖仏です。眉毛の部分から鼻筋にかけての様子以外は風化によりうかがい知る由はありません。しかし、じっと見つめていると何となく微笑みかけていらっしゃるような。。。この石仏に込められた思いが伝わってきますね。

右成蓮清信士逆修

天文廿二年六月十五日

これまた文献資料によると、紀年名などが紹介されていました。なんと戦国時代真っ盛りの造立なんですね。少々草木に埋まったぐらいではびくともしないわけです。しかし、次に訪問するときは道具を持って行って、草刈程度はさせていただこうと思います。

参考文献
奈良県生駒郡平群町石造文化財 平群谷(平成三年)

[2014.05.04 撮影]

 - 平群・矢田丘陵 , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

首なし阿弥陀如来
生駒山口神社(生駒郡平群町櫟原)

生駒山口神社は江戸時代の地図には一之宮と記されています。素戔嗚尊を祀り、雨乞いの …

揺るぎ地蔵
揺るぎ地蔵石仏群(平群町指定文化財)

清水の流れる鳴川には、たくさんの石造遺物が残されています。その代表的存在は、「ゆ …

馬頭観音
安明寺叶堂・馬頭観音坐像(平群町三里)

お堂は火事で消失したものの、ご本尊の千手観音様は健在とのこと。叶堂は古くから疫病 …

峯腰痛地蔵尊
峯腰痛地蔵尊(生駒郡平群町櫟原)

以前紹介した「いちはら越」の古道は、櫟原上垣内(峯の垣内)から八尾市神立とを結び …

野仏
矢田寺近くの野仏(大和郡山市矢田町)

矢田丘陵の東麓、奈良市大和田町から大和郡山市矢田町の一帯には長閑な田園風景が広が …

地蔵石仏
小仏の辻・地蔵石仏(矢田丘陵・白石畑)

下の航空写真で鉄塔のある山が東山(328m)です。そこからすぐの場所に白石畑と平 …

久保東の辻
久保東の辻付近の石造遺物(平群町久安寺)

立石峠から久保西の石仏を見てまっすぐ東に進むと、左に分岐する道があり道標とカーブ …

鑑石
長楽寺の石造仏(生駒郡平群町吉新)

藤出山・長楽寺は、ご本尊を聖観音立像とし、用明天皇二年(586)に聖徳太子により …

DSCF4011
西庄墓地の石仏(平群町福貴畑)

大阪側から十三峠を水呑自動車道で越えると、大きくS字にカーブする手前に西庄の墓地 …

高ノ坊跡
高ノ坊跡の石仏群(白山神社・福貴寺跡地)

白山神社周辺はかつての福貴寺の跡地でした。慈尊山福貴寺と号して盛時には周囲に六十 …